京王線「布田駅」すぐ
潤クリ便り
tel.042-480-0556

潤クリ便り

院長の徒然日記

令和4年9月5日 最近の健康法について

最近体をアルカリにするということを、私も実践しています。内容は至って簡単で、お酢を飲むようにしています。ただ家庭用のお酢だとあまりにもまずいので、通販で購入したもろみ酢というものを寝る前に少しだけ頂くようにしています。

我々現代人は運動不足と食生活の偏りから、体が酸性に傾きがちだと言われています。そうすると体の新陳代謝に関与する酵素の活性が低下し、この低下が肥満、高血圧、高血糖などのリスクを高めると言われています。体内に入ると弱アルカリ性に作用するお酢やクエン酸は、恐らく酵素を活性化するため、生活習慣病に陥ることを少なくしているのだと思います。この健康法が本当に自分に合っているのかは、まだ検証段階ですが、いずれこの徒然で報告できたらと思っています。

しかし、お酢を是が非でも取れば良いと言うわけではなさそうです。過量に接種すると口の中を酸性に歯のエナメル質を溶かしたり、胃腸の炎症を助長したりすることがあるようです。また飲むお酢には多量の糖分が含まれるため、油断して飲んでいると高血糖になるとも言われています。

やはり、どんなに良いものでも取り過ぎ、行き過ぎはいけないのだと思います。我々はついつい油断すると、やり過ぎしてしまい、結果的にそのことで生活が行き詰まってしまうものです。それはあたかも、酸性食品の取り過ぎが体の新陳代謝を滞らせバランスを崩すようなことと似ていると思います。何事もバランスが肝腎なのです。

これはあくまで私の体を使った検証実験ですが、ご興味がある方は、適量で試してみてください。
ではまた

院長 樋之口潤一郎

令和4年8月16日 自然の中で生きるということ

皆さん、こんにちは。暑いですね。夏バテなどには引き続きご注意いただければと思います。
さて、私は先日、とある高原に家族と宿泊してきました。そこで野生の鹿と難度も遭遇しました。
鬱蒼とした霧の中に数頭の鹿がいるのが分かると思います。
実は、この地区では最近温暖化も相まって、自然死する鹿の減少から、数が増えているようです。
そこで、皮肉なことに農地が鹿によって荒らされ駆除の対象になっているとのことでした。

この写真を撮った後、せめてお近づきになりたいと、そっと近寄ったのですが、鹿の一群はピーッという高音を発し、逃げてしまいました。
ちなみにこの音をを発すると、当たりでも同じような高音が四方で鳴り響いていました。
恐らく、危険を知らせる合図だったのだと思います。現時点で人間と鹿は危険な者という認識でしか共存できないのでしょう。
でも鹿の危険察知能力はすさまじく、危ないと感じれば咄嗟に逃げ去り、身を守ろうとします。

自然を生き抜くためには、戦うだけでなく、逃げる力を磨くこともまた重要なのだと思います。
我々人間社会では、戦うことが是で、逃げることが非であると教育の中で教わった訳ですが、本当でしょうか?
私は、開業して以降、患者さんと接する中で、どんな時に逃げるべきかなど、
所謂逃げ方を学ぶことが、生きる上で重要と感じるようになりました。
それだけ、患者さんの多くは戦い事に多大なエネルギーを消耗し、逃げ時を忘れてしまったのだ思います。

今回の鹿に感心させられたのは、怖いから逃げたという素直な行動だけでなく、
その恐怖を合図で周囲に知らせ、共有する術でした。これは、鹿の本能から出た行為でしょうが、
人間の私からすれば、周囲を気遣う優しさのように感じてしまいました。
私たち人間の方が最近はコロナ禍でギスギスし、優しさを見失っているのかもしれません。我々は意外に鹿から教わることが多いように思います。

樋之口潤一郎

鹿

鹿、いるの分かりますか? 車で近づき車から妻が必死で撮影しました。
鹿からすれば、謎の鉄の塊がライトと友に近づいたのですから、怖いに決まっています。
でも撮影、ご協力に感謝です。

令和4年8月1日 我が家の主 その2

こんにちは、猛暑到来で体から水分と塩分が一挙に持って行かれてしまいました。
日頃、自律神経の安定の上で、首の項を暖めることを推奨してきましたが、酷暑の場合は適度に冷やすことが、先決なように思います。
日本の夏は日々極端に変化しますから、変化に応じ、暖めるべき冷やすべきかを是非吟味していってください。
ただどちらにしても水分と塩分はこまめにとり、潤いを忘れぬようにしてください。
特に塩分は活力を維持する上で不可欠なミネラルです。是非自愛ください。

さて、先日、我が家の庭にいるヒキガエル、ケロちゃんについてお話ししました。
そのケロちゃんについてお話を追加したいと思います。昨夜、庭にふと目を向けると、玄関先の明かりに吸い寄せられ、トンボが一匹止まっていました。それだけでも珍しい光景ですが、
なんと、その背後20センチにケロちゃんがじっとトンボを眺めていました。
私は、年甲斐もなく、少年のような気持ちになり、ついつい15分ほどその様子を見てしまいました。
結局、トンボはケロちゃんの胃袋に収まってしまうのですが、その間、ケロちゃんは、徳川家康の「泣かぬなら泣くまでまとうホトトギス」を地で行くように、じっと佇み、捕食の好機を狙っているように思いました。

最近、私は外来でよく患者さんに、待つこと、静観することなどを特に強調しています。
それは一時の感情にまかせた拙速な判断は、絶対好機を見落とし、後悔を必ず残すと、日頃のやり取りで強く実感しているからです。
そして、静観した後、好機が来たら躊躇わず決断すること、これも静観と同時に大切な行いだと感じています。
チャンスを自ら手放すことは、自分の可能性を自ら捨てていることに他なりません。
ケロちゃんが、こんな複雑なことを考えているはずもありませんが、
昨日のケロちゃんの勇姿は、そんな日頃の思いを映し出しているようでした。

ケロちゃんも暑さに負けるな

院長 樋之口潤一郎

令和4年7月19日 我が家の主

皆さん、こんにちは。酷暑を超えたら、今度は梅雨へ逆戻りしたような天候ですね。
低気圧は体の水の代謝を悪化させ浮腫を誘発しますから、ここ数日、めまいや頭痛に苦しんでいる患者さんが増えたように思います。
早く向日葵もびっくりするような晴天になって欲しいものです。

さて、今回は今までと趣向を変え、我が家の主を紹介したいと思います。 私は幼少期を神奈川県横須賀市で過ごしました。
当時は近くに沼地などが一杯あって、そこでザリガニやオタマジャクシ、そしてカエルやトカゲなどを捕獲し、一日泥んこになって遊んでいました。
当時、皆で遊ぶというより、一人黙々と網で虫をとり続ける少年だったと思います。
そんな名残なのか、昨年の夏、路上に佇んでいるヒキガエルを捕獲し、自宅でプラスチックのケースで、飼うことになりました。名前はケロちゃんと名付けました。

ケロちゃん
ケロちゃんですが、食欲旺盛で小さな庭で捕獲したダンゴムシを食べるわ食べるわで、みるみる大きくなっていきました。
結局、樋之口家の庭からダンゴムシが消えるという異常事態となり、餌がつきたところで庭に放すことになりました。
けれども多くのカエルは越冬できず、力尽きるようです。恐らく駄目だろうと諦めかけていたら、
先日、ケロちゃんがしれっと庭の草木の中にいるではありませんか!
ちなみにケロちゃんには左側に赤い斑点があるため、すぐ当人だと分かりました。
そこで今回、撮影し、お披露目となりました。ケロちゃんからすれば、良い迷惑ですが、私からするとこの家を守る主ではないかと思っています。
過酷な冬に耐えた彼に、敬意を表し、数年是非この家だけでなく、潤クリニックも守って欲しいと願っています。

院長 樋之口潤一郎

令和4年7月8日

この内容は当院の患者さんと当院の受診を考えておられる皆さんに書いています。

こんにちは、猛暑と多湿の日々が続きますが皆さん、お体はいかがですか?
この度は皆さんに大変ご心配をおかけしましたが、復調し診療を再開させていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。

私たちの生活環境は、本当に激変の日々です。
これについて行くのはどんな人でも容易ではありません。
ところで、ある本を読んでいて「なるほど」と思うことがありました。
私たちは良く親や周りからよく考えるようにと躾けられたと思います。
これは、思考の中枢である前頭葉など大脳皮質を鍛える作業に他なりません。
しかし、考えることよりもっと大切なことは、直感や危機感等、野生の勘を磨くことにあるようです。
これは、大脳皮質の下に位置する、視床や大脳辺縁系を鍛えることに他なりません。

良く巷では前頭葉などの大脳皮質を鍛えることを重んじますが、これが一人歩きすると
「~せねば」という頭でっかちの脳を作ることになりかねません。
我々が生きる上で、本当に大切なのは直感的に見極める脳を鍛えることのように思います。
そうだとすると大脳皮質だけでなく、生命を維持する上で大切な大脳辺縁系を磨く必要があります。
ただそれは、そうすれば良いか?

恐らく、体にとって良いことをすることなのだと思います。
体力を整え、胃腸を労り、そして睡眠を規則正しく取ることなどのような取り組みを侮らないことだと思います。
これは自律神経を整える働きに他ならず、これが大脳辺縁系の能力を高める布石になるのだと思います。
人の前に命のある生き物として、体を大切にする。これがあながち心の健康に通じるのだと思います。

樋之口

令和4年6月26日

当院に通院されている患者さん、そしてこのホームページを初めて見ていらっしゃる皆さま、こんにちは。7月にもなっていないのに酷暑が到来してしまいました。もう体が干からびてしまいそうです。

当院は平成31年4月2日に調布布田で産声を上げて以降、まる3年が過ぎました。多くの患者さんに支えられ、ここまで来ることができましたが、コロナ禍の感染対策や来院患者さんが多くなったことで、皆さんに十分な時間を割けられなくなったこともまた事実です。クリニックの運営だけではありませんが、人生とは限界の中で生きる作業であり、苦行なのだと思い知らされている今日この頃です。でも、限界を知る事は生きる上で、私たちに新たな気づきも与えてくれると考えています。

私たちの悩みの根源とは何でしょうか? 現時点では私は、自分だけでなく周りに対しても、限度を超えて多くの物を望み、その得られない思いに打ち拉がれた状態を指すのだと考えています。このことは、自分に目を向ければ、悩みや不安に対し「之さえなくなれば」と自身を責めたてたり、周囲に目を向ければ「私の悩みを何故察してくれないのだ」と他人を責めたてたりすることを意味しています。つまり、求めたのに思い通りに得られないことに対し失望と怒りから、自他を責め続けている状態に陥っているのです。勿論患者さんは辛いからこそ、上記の行動を取り続けてしまうのですが、このような態度が益々苦しみを募らせているといった悪循環を、我々は今一度知っておく必要があります。

考えてみれば、生きている限り不安や苦痛から逃れることは出来ません。周囲が自分の苦痛を1から10までサッと察しお膳立てするようなこともありません。この厳しい事実を私たちは引き受けなくてはいけません。つまり、自分にも他人にも限度や限界があることを認めなくてはならないのです。けれども、このように限界を認めることは決して負けではありません。むしろ人生を生きる上で大切な知恵なのです。

致し方ないと引き受けたとしたら、その一方で是非自身の身体と目の前の取り組みを是非大切にしていってください。特に自分のことを責めてばかりの方であれば、自身の身体の健康を誰よりも考え、労わることを大切にしていって欲しいと思います。一方、察してくれないことで周囲を責めたてているとしたら、今度は自分から言葉を発し、簡潔に要望することを意識していってください。相手に察して貰うのではなく、理解してもらうことを心がけるのです。そして、このような態度の転換は自分を生かすための心得と捉えてほしいと思っています。皆さんの回復が少しでも進むことを心より願っています。

院長 樋之口潤一郎

令和4年6月26日

皆さん、こんにちは。この発信は当院に通院されている患者さんと同時に、初めてこのホームページを見にこられている皆さんにも発信しています。

現在、初診予約が取りづらく、皆さんの要望にスムーズに応えられないことにもどかしさを感じておりますが、医師が私だけであることを踏まえ何卒ご理解を頂ければと思います。

スタッフは総勢4名になります。メンタルクリニックとしては標準的な人数ではないかと思います。その中で事務員さんが2名、看護師さんが1名、そして医療ソーシャルワーカーさんが1名となっています。それぞれが役割を持ち患者さんに関わっています。ちなみに当院では心理師さんはおりません。そのため、時間をかけた心理カウンセリングや心理検査などは他の自費治療機関にお願いして対応しています。その上で、当院でもマネージメントを実践しておきたいと思っております。

開院3年目で基本的な事をお伝えしていませんでしたので、ここに遅ればせながらご紹介させていただきます。今後ともよろしくお願い申し上げます。

院長 樋之口潤一郎
立葵の花
初夏に咲く、立葵の花(好きな花の一つです)

令和4年1月6日
新年に思うこと

皆さん、あけましておめでとうございます。

昨年はコロナ禍での診療で慌ただしく時が過ぎてしまいました。
私だけでなく、スタッフも目の前のコロナ対策と、それぞれの患者さんの対応に必死になり、
中々ゆとりを持って皆さんと接することが出来ないこともあったかと思っています。

また昨年は、色々なことを考えさせられた一年でした。
クリニックを開院し2年半、患者さん皆さんにお役立て頂けるようにと日々努めてきたつもりですが、
運営を行う上で、クリニックという治療の枠組みの限界にも直面することが多々ありました。
患者さんの病状によっては、治療をお断りすることもありました。
辛い局面はいくつかありましたが、このことを通じて、私は、治療者として出来ること、出来ないことを
患者さんにしっかり伝えていくことも、また主治医の役目なのだと実感するようになりました。

患者さんは辛い状態に身を置いている訳ですから、その状態が厳しいときほど、
何を取り組むべきかが分からなくなっていると思います。
道しるべが時に治療では必要なのです。その際、道しるべを伝える上で、これはやってはいけない、出来ないなど、
多少患者さんからすれば厳しく聞こえる助言も不可欠であると感じています。
なぜなら、この治療の目標は何でも思い通りにことを進めることにあるのではなく、
制約の多い世の中で、生き抜く知恵を身につけていくことにあるからです。

そのためには、物事には色々限界があることを知っていく必要があります。
限界を知ることは、自他に多くを求めすぎず、今あるものでどうやりくりするかを体験することに
繋がると感じています。このことを皆さんの診療の中で具にやり取りできればと思います。

あと、これは大切なことなので触れておかねばなりません。
昨年末、大阪でクリニックが放火されるという事件がありました。
このことは我々だけでなく、患者さんの心の奥底にも動揺を与えたと思います。
この一件で、私たちスタッフは話し合いを持ち、皆さんの誘導などを検討しました。
幸い、当院は窓が多く、火災になっても空気が抜けやすい構造になっています。
ただ非常階段はないため、先日、非常用の吊り梯子を購入し、有事に備えることにしました。
皆さんにとって、少しでも安心できるクリニックでありたいと思っています。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

院長 樋之口潤一郎

令和3年1月4日
WhyからHowのすすめ

あけましておめでとうございます。昨年はコロナに始まり、コロナに終わった一年でした。
私自身もその慌ただしさに飲まれ、一年があっという間でした。新型コロナウィルス感染症が
日本を席巻してから、今まで当たり前だった生活が一変してしまいました。その戸惑いは私たち
だけでなく、ここに来院されている皆さんにも大きく波及したと思います。

こういう悲運が不意に襲ってくると、我々はその運命を呪い、「なぜ」と自分や他人に怒りをぶつけがちです。
勿論、その怒りは至極当然であるし、怒りを抱かない方が不自然でしょう。しかし、怒りに任せ誰かを
攻め続けている内は、物事は何も好転しないばかりかむしろ悪化させてしまうものです。
これは昨年、診療の中で思ったことですが、このような時は、「なぜ」ではなく、「どうやって対処するか」
という視点の転換が必要です。WhyからHowへの転換と言ってもよいでしょう。
その際、完全に対処する必要はありません、凌ぐ程度で十分だと思います。それだけでも
一日は進んでいくのです。皆さんの一日が凌ぎつつも着実に前に進むことを願っています。

樋之口

令和2年7月15日

梅雨がいつ開けるとも分からぬ日が続いています。低気圧は水を体にため込み安くさせ、倦怠感を作り出します。その生理現象が、気分を更に沈滞させるのでしょう。最近は数分程度の運動が意外に体の新陳代謝を促し、体から余分な水分を排出させるのではないかと考えています。
身軽であることは、行動をしやすくする大原則です。皆さんも是非試してください。

これはありがたいことなのですが、最近初診のお問い合わせの電話が多くなりました。
そのため、現在8月まで当院の初診枠が埋まっており、最短のご案内が9月になっております。
急がれている患者さんにとっては、大変ご不便をおかけしておりますが、何卒ご理解をいただければと存じます。よろしくお願い申し上げます。

令和2年4月30日
「森田療法がコロナ不安に果たす役割」

新型コロナウィルス感染症の対応に忙殺されておりましたが、考えてみればもう今日で四月は終わりですね。三寒四温と共に、空は正に初夏の陽気を物語るような青空になっています。

ところで、私は森田療法という精神療法を専門としています。森田療法とは、約100年前に森田正馬という精神科医によって作られ、不安に対する態度の転換を説いた精神療法です。不安は誰にでもある自然な感情ですが、完全主義の傾向が強い一部の人は、この不安を「あってはならないもの」と捉え、徹底に排除を試み、安心を得ようとします。
しかし、安心を盲目的に求める姿勢は結果的に、却って不安へのとらわれを生み、この心理的悪循環の結果として、様々な神経症の症状を作り出すことになります。

一方で、不安を排除しようとする裏側には、「不安を取り除いて良い暮らしをしたい、健康でありたい」などのより良く生きるための欲求が隠れています(森田療法ではこの欲求を「生の欲望」と言っています)。森田療法は、不安は消すことを治療のゴールにせず、不安を抱えながら少しずつ欲求を日常生活に発揮し、生活力を養っていくことを目標とするのです。

しかし、不安に苦しんでいる人々がそう簡単に欲求に気づける訳ではありません。だから、最初は不安におびえながら日常生活に少しずつ取り組み、行動していく姿勢が重要となります。手や足など体を使いながら、家事など目の前の生活に打ち込んでいくのです。
つまり、このことは不安で一人考え込む姿勢から、日常生活を通じて、五感を磨き、感じる力を育てていくことを意味するのです。このような体験を積み重ねる中で、人々は徐々に「何とく~してみたい」などの感じを覚えるようになります。
つまり、これこそ欲求(生の欲望)の芽生えであり、この感覚を実生活に反映させていくように心がける姿勢こそが、不安の中で生き抜く力そのものとなるのです。

このような文脈から、今世の中で起こっているコロナ問題を見ると、私たちはコロナ感染症の見えない魔の手に怯える余り、安心を得ようと出所の不確かな様々な情報にしがみ付き、さらに自分たちの手で不安を強めているのです。
このことを、私のもう一人の師匠である北西憲二先生がご自身のクリニックのホームページで詳細に説いています。

私たちが不安になるということは、それだけ激動の時代に晒されていることに他なりません。
だからこそ不安になって当然なのです。不安だからこそ、どの様に今後生き抜いていこうかと考えを転換させ、実践していくことが求められているのです。そこで、目の前の日常生活を大切にする、体の健康づくりに心を配るなど、当たり前の取り組みにもう一度注目し、自分の足元の生活を豊かにすることを心がけて行ってください。この取り組みは時代を超えて普遍的なものです。このような実践を通して、私たちそれぞれが持っている欲求を育てて行って欲しいと思います。

そして、この生活がしっかりすることは、結果的にウィルス感染症に対し抵抗力をつけ、ウィルスとの共存を可能にするのではないかと考えます。

このような考え方が日本の医療にあることをご参考いただければと思います。

潤クリニック

TOPへ