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院長の徒然日記

令和4年6月26日

当院に通院されている患者さん、そしてこのホームページを初めて見ていらっしゃる皆さま、こんにちは。7月にもなっていないのに酷暑が到来してしまいました。もう体が干からびてしまいそうです。

当院は平成31年4月2日に調布布田で産声を上げて以降、まる3年が過ぎました。多くの患者さんに支えられ、ここまで来ることができましたが、コロナ禍の感染対策や来院患者さんが多くなったことで、皆さんに十分な時間を割けられなくなったこともまた事実です。クリニックの運営だけではありませんが、人生とは限界の中で生きる作業であり、苦行なのだと思い知らされている今日この頃です。でも、限界を知る事は生きる上で、私たちに新たな気づきも与えてくれると考えています。

私たちの悩みの根源とは何でしょうか? 現時点では私は、自分だけでなく周りに対しても、限度を超えて多くの物を望み、その得られない思いに打ち拉がれた状態を指すのだと考えています。このことは、自分に目を向ければ、悩みや不安に対し「之さえなくなれば」と自身を責めたてたり、周囲に目を向ければ「私の悩みを何故察してくれないのだ」と他人を責めたてたりすることを意味しています。つまり、求めたのに思い通りに得られないことに対し失望と怒りから、自他を責め続けている状態に陥っているのです。勿論患者さんは辛いからこそ、上記の行動を取り続けてしまうのですが、このような態度が益々苦しみを募らせているといった悪循環を、我々は今一度知っておく必要があります。

考えてみれば、生きている限り不安や苦痛から逃れることは出来ません。周囲が自分の苦痛を1から10までサッと察しお膳立てするようなこともありません。この厳しい事実を私たちは引き受けなくてはいけません。つまり、自分にも他人にも限度や限界があることを認めなくてはならないのです。けれども、このように限界を認めることは決して負けではありません。むしろ人生を生きる上で大切な知恵なのです。

致し方ないと引き受けたとしたら、その一方で是非自身の身体と目の前の取り組みを是非大切にしていってください。特に自分のことを責めてばかりの方であれば、自身の身体の健康を誰よりも考え、労わることを大切にしていって欲しいと思います。一方、察してくれないことで周囲を責めたてているとしたら、今度は自分から言葉を発し、簡潔に要望することを意識していってください。相手に察して貰うのではなく、理解してもらうことを心がけるのです。そして、このような態度の転換は自分を生かすための心得と捉えてほしいと思っています。皆さんの回復が少しでも進むことを心より願っています。

院長 樋之口潤一郎

令和4年6月26日

皆さん、こんにちは。この発信は当院に通院されている患者さんと同時に、初めてこのホームページを見にこられている皆さんにも発信しています。

現在、初診予約が取りづらく、皆さんの要望にスムーズに応えられないことにもどかしさを感じておりますが、医師が私だけであることを踏まえ何卒ご理解を頂ければと思います。さて現在、当院のスタッフは、私が昔、慈恵医大第三病院に10数年勤務していた際に、仕事を通じて知り合った仲間でした。ある方は外来業務で、ある方は病棟で患者さんとの関わりで、そしてある方は医療支援で、慈恵医大の医療の一角を担った人々でした。開院する際、そのことを聞きつけ、一緒に働くご縁を私自身がいただくことになりました。あるスタッフさんは、慈恵医大第三病院のエスカレーターの下で声を掛けてくれて、今回のご縁に繋がった方もいました。本当にありがたいご縁だと今でも思っています。

スタッフは総勢4名になります。メンタルクリニックとしては標準的な人数ではないかと思います。その中で事務員さんが2名、看護師さんが1名、そして医療ソーシャルワーカーさんが1名となっています。それぞれが役割を持ち患者さんに関わっています。ちなみに当院では心理師さんはおりません。そのため、時間をかけた心理カウンセリングや心理検査などは他の自費治療機関にお願いして対応しています。その上で、当院でもマネージメントを実践しておきたいと思っております。

開院3年目で基本的な事をお伝えしていませんでしたので、ここに遅ればせながらご紹介させていただきます。今後ともよろしくお願い申し上げます。

院長 樋之口潤一郎
立葵の花
初夏に咲く、立葵の花(好きな花の一つです)

令和4年1月6日
新年に思うこと

皆さん、あけましておめでとうございます。

昨年はコロナ禍での診療で慌ただしく時が過ぎてしまいました。
私だけでなく、スタッフも目の前のコロナ対策と、それぞれの患者さんの対応に必死になり、
中々ゆとりを持って皆さんと接することが出来ないこともあったかと思っています。

また昨年は、色々なことを考えさせられた一年でした。
クリニックを開院し2年半、患者さん皆さんにお役立て頂けるようにと日々努めてきたつもりですが、
運営を行う上で、クリニックという治療の枠組みの限界にも直面することが多々ありました。
患者さんの病状によっては、治療をお断りすることもありました。
辛い局面はいくつかありましたが、このことを通じて、私は、治療者として出来ること、出来ないことを
患者さんにしっかり伝えていくことも、また主治医の役目なのだと実感するようになりました。

患者さんは辛い状態に身を置いている訳ですから、その状態が厳しいときほど、
何を取り組むべきかが分からなくなっていると思います。
道しるべが時に治療では必要なのです。その際、道しるべを伝える上で、これはやってはいけない、出来ないなど、
多少患者さんからすれば厳しく聞こえる助言も不可欠であると感じています。
なぜなら、この治療の目標は何でも思い通りにことを進めることにあるのではなく、
制約の多い世の中で、生き抜く知恵を身につけていくことにあるからです。

そのためには、物事には色々限界があることを知っていく必要があります。
限界を知ることは、自他に多くを求めすぎず、今あるものでどうやりくりするかを体験することに
繋がると感じています。このことを皆さんの診療の中で具にやり取りできればと思います。

あと、これは大切なことなので触れておかねばなりません。
昨年末、大阪でクリニックが放火されるという事件がありました。
このことは我々だけでなく、患者さんの心の奥底にも動揺を与えたと思います。
この一件で、私たちスタッフは話し合いを持ち、皆さんの誘導などを検討しました。
幸い、当院は窓が多く、火災になっても空気が抜けやすい構造になっています。
ただ非常階段はないため、先日、非常用の吊り梯子を購入し、有事に備えることにしました。
皆さんにとって、少しでも安心できるクリニックでありたいと思っています。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

院長 樋之口潤一郎

令和3年1月4日
WhyからHowのすすめ

あけましておめでとうございます。昨年はコロナに始まり、コロナに終わった一年でした。
私自身もその慌ただしさに飲まれ、一年があっという間でした。新型コロナウィルス感染症が
日本を席巻してから、今まで当たり前だった生活が一変してしまいました。その戸惑いは私たち
だけでなく、ここに来院されている皆さんにも大きく波及したと思います。

こういう悲運が不意に襲ってくると、我々はその運命を呪い、「なぜ」と自分や他人に怒りをぶつけがちです。
勿論、その怒りは至極当然であるし、怒りを抱かない方が不自然でしょう。しかし、怒りに任せ誰かを
攻め続けている内は、物事は何も好転しないばかりかむしろ悪化させてしまうものです。
これは昨年、診療の中で思ったことですが、このような時は、「なぜ」ではなく、「どうやって対処するか」
という視点の転換が必要です。WhyからHowへの転換と言ってもよいでしょう。
その際、完全に対処する必要はありません、凌ぐ程度で十分だと思います。それだけでも
一日は進んでいくのです。皆さんの一日が凌ぎつつも着実に前に進むことを願っています。

樋之口

令和2年7月15日

梅雨がいつ開けるとも分からぬ日が続いています。低気圧は水を体にため込み安くさせ、倦怠感を作り出します。その生理現象が、気分を更に沈滞させるのでしょう。最近は数分程度の運動が意外に体の新陳代謝を促し、体から余分な水分を排出させるのではないかと考えています。
身軽であることは、行動をしやすくする大原則です。皆さんも是非試してください。

これはありがたいことなのですが、最近初診のお問い合わせの電話が多くなりました。
そのため、現在8月まで当院の初診枠が埋まっており、最短のご案内が9月になっております。
急がれている患者さんにとっては、大変ご不便をおかけしておりますが、何卒ご理解をいただければと存じます。よろしくお願い申し上げます。

令和2年4月30日
「森田療法がコロナ不安に果たす役割」

新型コロナウィルス感染症の対応に忙殺されておりましたが、考えてみればもう今日で四月は終わりですね。三寒四温と共に、空は正に初夏の陽気を物語るような青空になっています。

ところで、私は森田療法という精神療法を専門としています。森田療法とは、約100年前に森田正馬という精神科医によって作られ、不安に対する態度の転換を説いた精神療法です。不安は誰にでもある自然な感情ですが、完全主義の傾向が強い一部の人は、この不安を「あってはならないもの」と捉え、徹底に排除を試み、安心を得ようとします。
しかし、安心を盲目的に求める姿勢は結果的に、却って不安へのとらわれを生み、この心理的悪循環の結果として、様々な神経症の症状を作り出すことになります。

一方で、不安を排除しようとする裏側には、「不安を取り除いて良い暮らしをしたい、健康でありたい」などのより良く生きるための欲求が隠れています(森田療法ではこの欲求を「生の欲望」と言っています)。森田療法は、不安は消すことを治療のゴールにせず、不安を抱えながら少しずつ欲求を日常生活に発揮し、生活力を養っていくことを目標とするのです。

しかし、不安に苦しんでいる人々がそう簡単に欲求に気づける訳ではありません。だから、最初は不安におびえながら日常生活に少しずつ取り組み、行動していく姿勢が重要となります。手や足など体を使いながら、家事など目の前の生活に打ち込んでいくのです。
つまり、このことは不安で一人考え込む姿勢から、日常生活を通じて、五感を磨き、感じる力を育てていくことを意味するのです。このような体験を積み重ねる中で、人々は徐々に「何とく~してみたい」などの感じを覚えるようになります。
つまり、これこそ欲求(生の欲望)の芽生えであり、この感覚を実生活に反映させていくように心がける姿勢こそが、不安の中で生き抜く力そのものとなるのです。

このような文脈から、今世の中で起こっているコロナ問題を見ると、私たちはコロナ感染症の見えない魔の手に怯える余り、安心を得ようと出所の不確かな様々な情報にしがみ付き、さらに自分たちの手で不安を強めているのです。
このことを、私のもう一人の師匠である北西憲二先生がご自身のクリニックのホームページで詳細に説いています。

私たちが不安になるということは、それだけ激動の時代に晒されていることに他なりません。
だからこそ不安になって当然なのです。不安だからこそ、どの様に今後生き抜いていこうかと考えを転換させ、実践していくことが求められているのです。そこで、目の前の日常生活を大切にする、体の健康づくりに心を配るなど、当たり前の取り組みにもう一度注目し、自分の足元の生活を豊かにすることを心がけて行ってください。この取り組みは時代を超えて普遍的なものです。このような実践を通して、私たちそれぞれが持っている欲求を育てて行って欲しいと思います。

そして、この生活がしっかりすることは、結果的にウィルス感染症に対し抵抗力をつけ、ウィルスとの共存を可能にするのではないかと考えます。

このような考え方が日本の医療にあることをご参考いただければと思います。

潤クリニック

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